「Nerhlo 水平線を捲る」(千葉市美術館) と 『Nerhol 2007-2024』(国書刊行会)bibliograhpy
みなさま
こんにちは
プーアール舎です。
千葉市美術館開催中の
Nerhol 個展「水平線を捲る」(2024年11月4日まで)
アーティストトーク(Nerhol+小谷元彦氏)10月13日日曜14時~
に参加させていただきました。11階の会場は満席でした。
大勢の鑑賞者でにぎわった展覧会自体、わたしの先入観を粉砕してくれました。
新たな実験が活きて
時系列ではなく、題材、スタイル、引用、思い、と異なる側面を
複合的に考え抜かれてあり、
展示効果も高く、同館の空間が天井高に見えてきました
とくに千葉市美コレクションとの共存が見られる7階では
李、高松らとのスリリングな引用/言及で踏み込んであります。
私の知らなかった彼らの魅力が展開して
トークでは、誠実に事前準備をされた小谷氏(飯田氏の元指導教官)が
脱力系のスタイルで絶妙なコメントと切りこみを見せ
Nerhol側も自らを開示しきって応えてくれて、充実の90分でした。
表面的ではない言葉のやりとりが続き、青春的爽やかさで
展示をより深く感じさせてくれました。
それにしてもプーアール舎主宰が
『Nerhol 2007-2024』国書刊行会(2024年9月)
に寄稿したエッセイ「写真からモノへ Nerholの実験」p21-34が気になってきます。
この展示を見て、トークを聞いたあとで書くべきでした。
というか、もっと書くことがあったのに!

「中西夏之1962-2011」展@SCAI PIRAMIDE「中西夏之 画家への問いと画家からの問い」online寄稿 bibliography
みなさま こんにちは
プーアール舎です
美術作家・中西夏之(1935-2016)の展示が、久しぶりに行われます。
プーアール舎主宰は、ギャラリーのご依頼で同展に小文を寄せました。
SCAI THE BATHHOUSE | Exhibitions | SCAI PIRAMIDE | 現在の企画展 | 中西夏之:1962〜2011
昨日の初日には暑さ負けしてうかがえなかったので、来週にも拝見したく思います。
中西先生は豊かなカリスマ性を備え、伝説的な活動歴と華麗な作品群を残されました。
高度に独特な、世界観と絵画観を生み出した作家なので、
単純な作品解説文を書くのにも、自分は常に躊躇がありました。
それでも画家のいない今、
まずそこにある作品と出会いなおし、事実を確認することから改めて始めて
これから中西作品に出合う方々が、自由に受け取っていくほかはないと思います。
彼の作品の魅力が、これは何なのか、と考えさせてくれる引力が
わたしたちに働きかけ続けてくれることは疑っていないです。
今の美術潮流とは、遠く隔たってみえる作品世界かもしれないですが
それはどういうことなのかも、上記には書けませんでしたが、考えています。
「中西夏之1962-2011」展
時間:12:00〜18:00(木・金・土)
東京都港区六本木6-6-9
中西先生は、かっこよすぎる画家でした。

『没後30年 木下佳通代』(赤々舎)寄稿「思考の結晶 木下佳通代の写真と絵画」光田ゆり bibliograhpy
みなさま こんにちは
プーアール舎です
大阪中之島美術館で「没後30年 木下佳通代展」が24年5月25日に始まった。前日の朝、バイリンガルで304pの大部のカタログ書籍が搬入された、つまり、会期どうりに、見事まにあったのですね。
(展覧会の準備とカタログ製作を同時並行で進めるのが学芸員の苦難だと思っていたが、近年は会場風景掲載を理由に、会期の半ば、あるいは終了後にカタログが完成することは少なくなく、以前のように遅くなったと責められることもないらしい。なのに、すごい!)
同書に、大下裕司、熊田司、建畠晢、越智裕二郎、植松奎二各氏とともに、プーアール舎主宰も寄稿しました。
同展は、木下の全体像を見ることができる、初めての機会になる。
作家が作成した豊富なアーカイヴ資料(同館所蔵)とともに、詳細にみることができる70年代の写真作品は、知的に計画されて破綻なく、精緻で静謐、うつくしい。
これらの作品の魅力は、数をそろえて見ることで、増すと感じられた。が、もしかすると、破綻がなさすぎたかもしれない。
作家は80年代を迎える頃、踏み出す。写真と描画のずれを重ねた経験から、そのあわいに分け入って、平面空間を慎重に探求していき、ペインティングに展開する。筆触の形をひとつづつ、風のように膜のように積層させて、闘病と並行して緻密でダイナミックな大作へと至る。見事な絵です。
絵画作品の展示空間も、とてもすばらしく、説得力がありました。
プーアール舎主宰は木下氏にお会いしたことがなかったけれど、同時代作家と関心を共有していた写真作品のこと、絵画への展開時期が、高松次郎の「平面上の空間」シリーズと問題意識を共有している点に注目して、標題テキストを書きました。
同展ご担当のみなさま、お世話になりました、お疲れさまでした。
同展は埼玉県立近代美術館に巡回します。
以前、
For a New World to Come : Experiments in Japanese Art and Photography, 1968-1979,Museum Fine Arts Houston(2015)
を共同企画した時の作品選定の際、前から気になっていた木下さん作品をぜひ採り上げたく、努力したことを思い出します。

レビュー:国立アートリサーチセンター 国際シンポジウム。ワークショップ2023
みなさま、こんにちは
プーアール舎です。
標記のワークショップ・シンポジウムのレポートが公開されています。
国立アートリサーチセンターは、Tokyo Art Beatとタッグを組んで、シンポジウム等のレポートとして、イベント記録を公開しています。アート・プラットフォーム・ジャパン時代から引き続いたアウトソーシングで、独自の手法ですね。
プーアール舎主宰は、下記に参加しました。
美術館はアーカイヴの困難さとどう向き合い、活用しているのか? 「国立アートリサーチセンター国際シンポジウム・ワークショップ2023」レポート #1|Tokyo Art Beat
美術館の現場には、アーカイヴ的機能が高度に備わっていて、閲覧公開はなかなかできなくても、展示や収蔵のような美術館活動の根幹でアーカイヴが鍵になっていることがパネリスト方々のお話でよく示せました。ポーランドのウッチ美術館を私は1度訪問したきりですが、特異な歴史をもち素晴らしい常設展のある同館のお話を聞くのは念願でした。日本の戦後美術とも深い関係がある場所です。
都合により1日限りの聴講になりましたが、衝撃的に印象深かったのは下記のパネルでした。
国際的なキュレーターが実践する「リサーチ」、そのポイントと課題を語る。「国立ア、ートリサーチセンター国際シンポジウム・ワークショップ2023」レポート #3|Tokyo Art Beat
パネリストは、国をまたぐアクティヴィスト、中国の美術評論における「美術≒国家近現代史」観、映画発祥の近代史と中国古代から続く宇宙論を細部まで嚙み合わせるコンセプトの上海ビエンナーレ前キュレーター。話はそれぞれ噛み合ってはいなくても、互いの共感のなかで体を張った批評体験を交換しあい濃密でした。
三者は話すうちにどんどん早口になり、もはやわたしにはついていけないハイスピード論調になりますものの、横田佳代子さんがスーパー早口同時通訳で見事対応してくださって、その芸もあわせて堪能できました。
主催者と登壇者のみなさま、まことにおつかれさまでした。ありがとうございました。

採録:「池田龍雄 画家が背負ったミッション」基調講演:光田ゆり
みなさま、こんにちは
プーアール舎です。
『佐賀県立博物館・美術館 調査研究書 第48集』が2024年3月末に刊行されました。
そこに23年10月1日実施の
基調講演「池田龍雄 画家が背負ったミッション」:光田ゆり
クロストーク 池田忠利氏(アーティスト・龍雄実弟)、古賀史生氏(佐賀新聞記者)
光田ゆり、野中耕介 (同館学芸員)
が採録されています(加筆訂正をさせてもらいました)。
池田龍雄(1928-2020)の出身地における初めての展覧会、回顧展として佐賀県立美術館40周年特別展「あそび、たたかうアーティスト 池田龍雄」が開催された折の関連イベントでした。
池田先生がご生前、心から望みながらなぜか実現できませんでしたが、ようやく。
プーアール主宰は学芸員かけ出し時代からずっと、池田先生のご教示を受けることができました。彼は1950年代~70年代まで幅広く、抜群のご記憶力と広い人脈から、多くを知っていて闊達に教えてくださるのです。自分は「池田先生の70年代の営為を位置づける」という先生からの宿題を実現できていません。その反省の一部を、クロストークで話させていただきました。
以前、大規模な池田龍雄展が全国を巡回したとき、各館に池田先生は作品を少なからず寄贈されました。その時、購入された作品は1点もなかったそうです。小規模館の学芸員だった微力の自分には言う資格は全くないのですが、池田先生はなぜ与えるばかりで得ようとしないのか、なぜ先生には何も与えられないのだろうと思ってしまいました。あれほど長い間、日本の現代美術の良心ともいえる存在だったのに、ちゃんとした賞や立派な表彰からも無縁でした(機会があれば自分は推薦したのですがやはり無力で)。
でも、彼はそんな愚痴など笑い流すに決まっています。
30年くらい前でしょうか、「美術館を考える」イベントを行ったとき池田先生から
「僕は美術館に何も期待はしてませんよ」と笑顔で言われて、衝撃を受けたことを忘れません。自立した、自由な心ってこういうことなのだろうか、そうしたものは美術館には入ってこないのだろうか、そんなショックでした。
改めて、池田先生をなつかしく思い出します。

レビュー 石原友明芸術資源展 シンポジウム「もうこれで終わりにしよう」240330
みなさま
こんにちは、プーアール舎です。
標記の件、展示とシンポジウムについて、参加させていただいた感想as忘備メモです。
☆関連シンポジウム「もうこれで終わりにしよう。」
石原友明、佐藤知久(同センター教授)、岸本光大(同大@KCUA学芸員)、
光田ゆり(プーアール舎主宰)
美術関係者が埋める会場を、ステージ底から眺めるだけで圧巻。
等倍に(実質に徹して)話そうとされる石原氏は、誠実さと理知のオーラを発光。
佐藤氏は芸術資源の収集と編集に心血を注ぎ、結果は抽象的にクールに展示する美学。
教え子でもある岸本氏が回顧展を企画、母にもわかるように美的に展示し、美術史的なものを除去して「かつて哲学書を片手に制作していた時代」の作家展をあえてSELFIESと呼んだ。石原作品群を、20世紀美術を参照して生まれた(面もある)と思っている美術史系?・異教のわたしは揺さぶられる。
石原氏がシンポタイトルを表記のように名づけたのは、わたしも感じている「現代美術」終焉後の空漠と関係があるかなと想像していたのだが、実際そうなのだとも思えたのだが、空爆の地のパラレルワールドには、別の美術がとっくに成立し、そこから見られた新たな「現代美術」があると実感した。
★石原友明展 SELFIES @京都市立芸術大学C棟7F大学院政策室701-708
そのたびに「自分」を新たに定義し直し、メディアも手法もからりと変えながら自写像の連鎖を編み出してきた作家にふさわしい、工夫のある回顧展。
各室を二分し、1+1シリーズづつ自然光のなかに展示。元来のスタイリッシュさが際立ち、コンセプトが映える。初出時と別の様相に見えた。完成作のみ、資料類なし。
独立した部屋が長い廊下で断続する構成。先を見通せないスリリングさを楽しめた。
★石原友明芸術資源展 @芸術資源研究センターアーカイビング・ラボ
2冊の本。作家の文章と、作家に対して書かれた文章の2分冊。最初期作と最近作が裏返したように組み合わされる2点展示。機材室に過去作のオートスライド展示。
紙資料「資源」とともにある自分には、資源の抽象化とともに、ハードカバー本、オートスライドのアナログ感が嚙み合ったハイブリッド性が印象的。じっくり読みたい2冊に届きがたいかんじがするのも、それが「展示」というメディア特性。

石原友明芸術資源展 シンポジウム「もうこれで終わりにしよう」3月30日14:30~ @京都市立芸術大学
みなさま
こんにちは プーアール舎の光田ゆりです
石原友明さんの2つの個展が開催されます
石原友明芸術資源展のお知らせ | 京都市立芸大芸術資源研究センター (kcua.ac.jp)
石原さんは自写像を基軸に、多様なメディアを使い毎回異なる切り込み角度から
洗練され筋の通った作品を発表されてきました。
今回は芸術資源の視点から企画されるといいますから、どんな展示なのでしょう、
展示と並走するらしい「2冊の本」も含めて、とても楽しみです。
しかしながらシンポジウムのタイトルが気になります。
現代美術から次元を変えるのでしょうか
わたしは西宮市に住んでいた高校~大学生のころに、現代美術の面白さとかっこよさを石原さんたちに教えてもらったと思っています。考えてみると80年代半ばから、断続的にではありますが続けて作品を拝見してきたので、石原作品体験は、自分の現代美術体験期間をほぼカバーしてくれる年月になります。
モダニズムを読み直し、現実と自分との間に特異な空隙を差し込むような、石原作品から多くのことを学ばせていただいたと思っています。
感謝をこめて、おそれながら標記シンポジウムに参加します。
